玖珠の成覚寺

ご参拝、ようこそ ☆彡

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CONCEPT

21世紀の未来に向けて、寺院と参拝者を結ぶ、新たな懸け橋と展望。

 

夏の日差しにも、冬の寒さにも、耐え忍ぶメンタルのタフさと、

春の動揺にも、秋の寂しさにも、揺るがない心の修養を持つ。

晴れの日は太陽と温暖に感謝し、雨の日は潤いの話をしよう。

 

APPEAL

1624年 四国の瀬戸内海“伊予の国”(愛媛県)から、

九州の“豊後森”玖珠郡玖珠町(大分県)森金山町に移転。

 

HISTORY

古代、インド霊鷲山で説かれたお釈迦様の仏教の流れを護り通し、梵天、帝釈天、四天王(持国天、増長天、広目天、毘沙門天)、日天、月天、明星天ら、諸天の恩恵と、鬼子母尊神ら法華経守護の善神に護られている。

 

鎌倉時代、太平洋の旭に向かって唱えられた御題目(南無妙法蓮華経)を今も受け継ぎ、日蓮大聖人(12221282)を末法唱導師と仰ぎ、身延山久遠寺(山梨県)を総本山とする。

日向上人(12531314)、日朗上人(12451320)、日像上人(12691342)、日印上人(12641329)ら先師先哲から法華経を弘め、護法の大願を目指している。

 

室町時代、封建的な時代が続く中、日静上人(京都六条門流)、行学院日朝上人(眼病守護の神様としても有名)らにより中興。大黒天神らの御加護により、激動の戦国時代を生き抜いてきた。

安土桃山時代、尾張(名古屋)生まれの加藤清正は、秀吉に仕え、織田家の家宝である「妙法の旗」を拝受する。肥後(熊本)の大名となって、熊本城の建設、治水治山など街造り、阿蘇神社など神社仏閣の再建をされた。

 

江戸時代、清正は没後「清正公さん」となって、日蓮宗の諸天善神となる。岡田孫右衛門もまた、没後「秋山さん」として、当病平癒の守護神となった。関東に首都は移ったが、九州地区も、檀林出身の日審上人らによって布教せらるる。当山もまた、四国の海浜都市から転進、現在まで、法脈を展開させている。

 

明治以降、近代化の波に従って沿線、変革を余儀なくされた。そして今、葬送の自由化とともに、新たな可能性にチャレンジしている。20世紀末には高速玖珠ICも供用、インターネットの普及なども通して、既存の信徒のみならず、新規の法縁もメイクしつつある。

 

しかしながら昨今の日本全体の少子高齢化により、過疎地は特に人口の減少が著しい。昔から伝わる風習や習慣の存続が困難となり、規模縮小、家族葬の増加などに繋がっている。こういった社会の影響を受け、泡沫寺院ではあるが、大きな志を抱いて21世紀に羽ばたいて行きたい。

 

参拝者の方へ

 九州北部内陸に位置し、筑後川最上流にあたる。

福岡、佐賀、大分、熊本から、ほぼ中心地に位置している。

 

高速玖珠インターから、車で約7分。

国道210号の中間地点、387号の盆地走行に到る。

 

一般参拝者も、受け付けております。(駐車場あり)

祈願や供養の申し込みがある方は、事前に電話にて、ご予約を願います。

 

所在地

879-4404 大分県玖珠郡玖珠町森941 

理性山(りしょうざん)成覚寺(じょうかくじ)

0973−72−0679

北緯33度18分 東経131度9分 標高345メートル

 

JR久大本線 豊後森駅から 2.3キロ

高速 玖珠インターから 1.2キロ

道の駅 童話の里くすより 1.1キロ

日田バス 森町停留所より 0.4キロ

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